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山崎大地さん 愛車FIAT NUOVA 500と宇宙への夢を追いかける

“民間宇宙飛行士”として、数年内の宇宙飛行を目標に活動している山崎大地さんに、愛車「NUOVA 500(チンクエチェント)」(1971)のお話をうかがいました。


1957年に衝撃のデビューを果たし、1975年まで生産された「NUOVA(ヌォーヴァ) 500」。40年の時を経た今でも多くの人に愛され、現行「500」のモチーフにもなるなど、FIATのアイコンとして輝きを放っています。今回はそんな「NUOVA 500」(1971)を愛するオーナーのひとり、“民間宇宙飛行士”として宇宙飛行の実現を目指す山崎大地さんにお話をうかがいました。

宇宙飛行士に興味を持ったキッカケは?

「中学一年生のとき、ボーイスカウトのアメリカ交流イベントで訪れたスミソニアン博物館でアポロやスペースシャトルの展示を見て衝撃を受けました。自分の頭の中でアニメの世界だった宇宙が、現実のものだと知ったのです。そこから、国際宇宙ステーションやスペースシャトルの開発を行うNASAへ憧れを抱くようになったんです。2000年にようやくNASAで働く夢が叶いました」

宇宙事業という最先端の技術にあこがれを持ちながら、なぜNUOVA 500に惹かれたのですか?

「父が電機メーカーで研究開発に携わっていた影響もあって、僕も機械をいじるのが大好きでした。バラしては元に戻していく。壊れた物も半田ごてで直して使う。小さな頃からそんなことをよくやっていました。中高生の頃には、自分のガレージに『ミニクーパー』『スバル360』、そして『NUOVA 500』の3台を並べることを夢見ていました。大学生で最初に買ったのは古いミニ。塗装屋さんに場所を借りて1年かけて自分でフルレストアしたのですが、アメリカに引っ越すことになり、向こうで『NUOVA 500』を買うことにしたのです」

学生時代から憧れていた「NUOVA 500」をアメリカで入手。壊れた部品を直すところから山崎さんの「NUOVA 500」とのカーライフがスタートした。

「とはいえ、アメリカのクルマの使い方というのは移動距離が長く、日本より速度域が高い。その点、小さくてスピードが出ない昔の『NUOVA 500』はマニア向けのクルマ、という位置づけです。それだけに探すのが大変でした。でもネットオークションで、程度が良くて長持ちしそうな個体を見付けたんです。一度バラして錆を処理していたことが記録されていたので、安心して購入したのですが、実際は走るのに必要なウィンカーやライトのスイッチも付いていない(笑)。けっこう手を入れる必要がありました。でも、自分でいじるのが好きな僕にとってはそれもまた楽しかったです」

子供の頃から機械をいじって育った山崎氏にとって、クルマの整備はお手のもの。

アメリカでの「NUOVA 500」との生活はどうでしたか?

「ガソリンスタンドで人だかりができるほど、注目されましたね。古いし、小さいし、黄色のボディは目立つし、すべてが普通じゃない。排気量についてや燃費についてなど、いろいろと質問責めにあいました。まったく知らない人とクルマをネタに喋ることができる。写真も撮られたし、隣を走るトレーラーがクラクションを鳴らしてくることも。みんな大はしゃぎだったんです。NASAへも、この『NUOVA 500』で通勤していました。守衛さんにクルマのことを聞かれたり、色々とコミュニケーションをとったりするのが楽しかった。NASAの広大で最先端の施設の中を古い『NUOVA 500』で走る。そのギャップに快感を覚えました。普通のクルマではできない体験だったし、自分も人も楽しませてくれる。クルマにそういう楽しみ方があるということを学ばせてくれました」

山崎大地氏。10年越しの夢だったNASA勤務が叶ったのは2000年1月。国際宇宙ステーション運用管制官として、「きぼう」の開発や建設に従事した。2005年に有限会社 国際宇宙サービスを設立。宇宙飛行実現の夢を追いながら、民間宇宙ビジネスの創出や執筆、講演活動を行っている。

その相棒の「NUOVA 500」を日本にまで持ち帰ってきたのですね。

「今は自分で起業して、アメリカ企業とパートナーシップを結び、アメリカと日本を拠点としながらあちこち飛び回っています。民間の宇宙船を使ったサービスの仕事です。自分のテンションで好きな人と好きな仕事をする。クルマいじりと一緒かもしれません。NASA時代は、宇宙船の打ち上げや建設計画などに関する仕事をしており、とても好きな業務でしたが、決められたことを教科書通りにこなすより、自分で思い通りに何かをつくっていきたいと思ったんです。

その後アメリカから帰国することになり、そのとき『NUOVA 500』をどうにかして日本に持ち帰れないか? とSNSに書き込んだところ、チンクエチェント博物館の伊藤さんや世田谷の欧州車専門のコレツィオーネの成瀬さんの協力で日本に持ち帰ることができました。ただ、すぐに車検が取れる状況ではなかったので、実際に乗れるようになるまでに5年の月日を要しました。売ろうと思えば売ることもできたけど、皆の思いが詰まっているし、ずっと乗り続けたい。そう思ったんです。

いまでも家族の一員みたいなものです。機械は嘘をつかないし、裏切ったりしない。壊れてもそこに悪気はないし、とても素直です。知り尽くすとクセが分かるし、自分にしか分からないと思うと子供のように思えたりもします」

今後はNUOVA 500とどのように楽しみたいですか?

「今の『500』も古いモデルのデザインを生かしながら新しい個性を持っているところが好きです。こうして、古いモデルと新しい500と並べてみるだけでワクワクしますね。個人的には古い500を今の技術で作ったらどうなるのか興味があって、やってみたいと思いますね。この黄色の『NUOVA 500』も当時は最先端でした。そのままの状態で大切に乗るのもいいけれど、僕は自分で手を加えていきたい。自らの手で進化させ、育て、つくり上げていく。そんな風に楽しんでいきたいと思います」

古いクルマと付き合う醍醐味について話してくれた山崎さん。機械のトラブルに対してさえも、前向きな姿勢を崩しません。
「もし、宇宙飛行中に宇宙船の電子機器が壊れてしまったら、自分でどうにかしないといけなくなります。そんな時、どんなトラブルにも自ら立ち向かう経験を積んでおけば、自力で何とか乗り越えようと前向きになれると思うんです」。

宇宙のお話の時も、クルマ談義でも、常に楽しみながら目標に向かってまっしぐらな姿勢がにじみ出ている山崎さん。今後の活躍に期待しています!


宇宙の絵本「ロケット王子」のモデルに 

山崎大地氏が監修した絵本『ロケット王子』は、星の大好きな王子さまが相棒の猫と一緒に、憧れの“わっか星”を目指して宇宙へ旅立つ冒険物語です。この物語のモデルとなったのは山崎大地さん。作者はまゆこさん(写真左)です。

写真 荒川正幸
文 藤島知子

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