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イタリア映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』に込められた、日本カルチャーへの愛が熱い!

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選・文=岡本太郎

嘘だろ、ジーグ・ロボを知らないのか?

 2016年2月某日、『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』と、やや唐突な日本語が書かれたポスターが、ローマの街角に貼り出された。
 イタリアの町中を歩いていて目につくものといえば、昔ながらの雑誌スタンドや、どれもとりとめのない時刻を指している時計や、柱に括りつけられたまま溶けたプラスチックのくず入れや、通りの脇に種別の形状でどっかと並ぶ、巨大なゴミ収集容器だったりするが、映画や演劇やサーカスのポスターも時にまとめて貼られていて、いまだに紙ならではの立派な存在感を誇っている。
 実は「鋼鉄ジーグ」の映画が作られている、という噂は少なくともその1年前から流れていて、話題に上る度に必ず、“なんだ(日本人なのに)ジーグを知らないのか?”というセリフを聞かされたものだ。

イタリア人のハートを掴んだ「鋼鉄ジーグ」

 更に時を遡ること30年以上、やはりローマで、たとえばコロッセオに遠足に来ていた子供たちに出くわすと“マジンガー!”と声をかけられたりした。当時からメイド・イン・ジャパンのロボットアニメは絶大な人気で、現40代前後のイタリア男たちは宿命的に、年齢を問わずに愛好するサッカーや政治や女性といった対象に匹敵する、ガンダムやゴールドレイク、そしてルパン三世や宮崎アニメの多大な影響下で大人になったのだ。
 むろん映画人も例外ではなく、来日してお台場の等身大ガンダムの存在を知れば、役者も監督も参拝に赴き、子供のように目を輝かせて見上げる。もちろん『皆はこう呼んだ…』の愛すべき主演俳優クラウディオ・サンタマリアも例外ではなかった。
 そうした、並みいるメガロボットらの中でもとりわけイタリア人のハートをがっつり掴んだのが、鋼鉄ジーグ(ジーグ・ロボ)だった。鋼鉄ジーグ? 日出ル国で発明された巨大戦士の中では、少なくとも本国ではやや影の薄いマイナーな存在のジーグが、かの国ではなぜか大いに愛されたのである。

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2016年度のイタリア・アカデミー賞で最多16部門ノミネート、7部門受賞(演技部門4賞独占)を果たした。

過酷な現実から生まれたダークヒーロー

 街に貼り出されたポスターは、ダークでノワールかつハードでムーディで、スーパーヒーローがあっけらかんと敵を倒してゆく、多分に能天気なアニメの世界観とはかけ離れた雰囲気だ。いったいどんな映画なのか?
 舞台は今の、リアルなローマ。主人公は、この映画のためにクマを思わせる重量級の肉体を身につけたサンタマリア演じる、暗い目をした一匹狼のひったくりだ。人間嫌いで、ぶっきらぼうで、暗いアパートの冷蔵庫にはプリンばかりが並び、成人向けDVDばかり見ている(だがもちろん、彼の閉じられた心にはわけがある)。なのに女性に対してはひどくシャイで、下の階に住む高露出度の娘の胸元は正視できない。
 娘の父親はケチな強盗団の一員で、その、ごくイケメンだが自意識過剰でやたら潔癖症のボスは超絶的に凶暴で、その悪役ぶりはあまりにもカッ飛んでいて、ルカ・マリネッリの怪演はある種の爽快感すら呼び覚ます。自分を見下し、底辺に追いやった社会へのリベンジを誓い、思い知らせようとする姿は、哀れを催すほど痛快だ。
 対するは強大なナポリ・マフィア、カモッラの下部組織の女ボスとそのムカつく手下ども。どのキャラも見事にふてぶてしく、絶妙にカリカチュアされながら、そこには不思議に生々しい現実――絶望や孤独、自己顕示欲やありきたりの強欲に支配された、現代の、救いがたい世界の感触があり、しかも、描き手のまなざしには、抑えられたロマンティックな温かみがある。
 だから、そんな世界には超人パワーが必要なのだ(キリストだって奇跡を起こしたではないか)。決してただのではない、現代人の心を蝕むエゴイスティックな世界の惨状というアイロニカルな背景があるから、われらが巻き込まれ型ヒーローが遺憾なく正義の鉄拳を振るえるのだ。
 そういうわけで『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』は本物の正義と、そして究極の愛の物語であり、信じられないような感動の涙すら誘う映画であることが、観ればきっとわかるはずだ。

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DATA

『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』

●監督/音楽/製作:ガブリエーレ・マイネッティ
●出演:クラウディオ・サンタマリア、ルカ・マリネッリ、イレニア・パストレッリほか
●制作年:2015年(イタリア)
●配給:ザジフィルムズ
●5月20日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。http://www.zaziefilms.com/jeegmovie/
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著者プロフィール

Taro Okamoto

東京生まれ。イタリア、映画、音楽、文学、旅等を題材に執筆と写真撮影を行うライター、翻訳家。著書に「みんなイタリア語で話していた」(晶文社)、「須賀敦子のアッシジと丘の町」「須賀敦子のトリエステと記憶の町」(共に河出書房新社)。訳書にマルコ・ロドリ「のらくらの楽園」(東京書籍)、ミケランジェロ・アントニオーニ「愛のめぐりあい」(筑摩書房)、マリオ・ジャコメッリ写真集「黒と白の往還の果てに」青幻舎など。