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あなたのそばにも必ずあるイタリアの「天才」の作品

イタリア人が発明したモノは思いのほか多い。ジーンズやオペラ、エスプレッソマシーンあたりは有名だが、他にも日常的に使われているイタリア発祥のものはたくさんある。ここではその一部を、エピソードを交えて紹介しよう。

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イタリアの天才といって、世界中の誰もが真っ先に思い出すのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)であろう。科学者であると同時に芸術家でもあった彼は、中部フィレンツェ郊外のヴィンチ村に生まれた。ヴィンチ出身のレオナルド=Leonardo da Vinciというわけだ。ちなみにイタリアでは一般的に「レオナルド」といっただけで、彼のことを指す。

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イタリアの誇り、レオナルド・ダ・ヴィンチ。その多才ぶりから彼の名は色々なところに登場する。写真は「レオナルド ワイン」。

絵画作品の代表である「モナリザ」は、晩年に招かれたフランスで仕上げられ、やがてパリのルーヴル美術館のコレクションに加えられた。それによって、レオナルドの功績は、より広く知られるようになった。

今日ヴィンチ村は人口1万5千人に満たない村であるが、ルネッサンス三大巨匠のひとりである彼の故郷を訪ねて、世界中から人々がやってくる。

イタリアが誇る天才は、レオナルドにとどまらない。
たとえばフィレンツェ出身のアントニオ・メウッチ(1808-1889)だ。若き日に働いていた地元の劇場で、舞台監督と助手を結ぶ伝声管を作り上げた彼は、その経験をもとに1854年、電話を発明する。

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電話を発明したアントニオ・メウッチ

また、無線電信機を開発し、ノーベル物理学賞を受賞したグリエルモ・マルコーニ(1874-1937)は、北東部ボローニャ出身である。あのタイタニック号の救難信号をいちはやく送信したのは、船に搭載されていた彼の技術による電信機だった。

意外な天才もいる。同じくボローニャ地方の、ブドゥリオという小さな村出身のジュゼッペ・ドナーティ(1836-1925)だ。彼はレンガ工場で働いていた青年時代、管楽器のコルネットに似た楽器をテラコッタで製作しようと試みた。ところが焼き上げに失敗、一部が欠け落ちてしまった。だが彼はそれをもとに改良を重ね、まったく新しい楽器を作り上げた。それがオカリナだった。日本でも多くの人々が子供時代に吹いたことがあるあの楽器は、イタリア発祥だったのだ。

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管楽器のオカリナ。その名は、イタリア語「小さなガチョウ」に由来する。

ところで、ここに記した19-20世紀イタリアの発明家3人には共通点がある。「外国での功績が、故国における評価を押し上げた」ということだ。背景には、彼らが生きた時代のイタリアが国家統一の時期、またはその直後と重なっており、外国のほうが研究しやすく、創作物が評価されやすかったことがある。

メウッチの電話は、彼が移住したアメリカで産声をあげた。皮肉にも、彼は特許権の更新が経済的に困難であったことから、後年電信機は一般的に知られるアレクサンダー・グラハム・ベルの発明とされた。しかし2002年、本当の電話機の発明者はメウッチであることがアメリカの連邦議会によって承認された。今もフィレンツェ市内に残る彼の生家には、石板が誇らしげに掲げられている。

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イタリアのある公共施設にて。ルネッサンス時代の天井画と思いきや、よく見れば中央の人物は電話を掲げ、子供たちは送受話器を操っている。電話がイタリア人の発明であり、人々の誇りであることを見る者に想起させる。

マルコーニの生家がある村は「サッソ・マルコーニ」と改名され、高速A1号線「太陽の道」沿いには、彼のふるさとであることを示す電波塔マーク入りの道標が建てられている。だが彼の研究がまず注目されたのは、イギリスだった。

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無線電信機を開発したグリエルモ・マルコーニの生家がある村には、それを示す標札が道路沿いに立てられている。

そしてオカリナは、ブドゥリオ村の人々が演奏旅行を行い、欧州各地に工房を開いたことで世界的に知られる楽器となった。

時代背景は違うものの、同様に外国での功績がイタリアでの評価につながったのが、「FIAT 500(チンクエチェント)」だ。先代「500」を今日流に解釈したロベルト・ジョリート率いるフィアット チェントロ スティーレのデザインは、2007年に発表されるとイタリア人の間では当初ちょっとしたディスカッションのテーマとなった。先代の面影が脳裏に焼きついている世代が多かったためである。

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イタリアの街に溶け込む「500」。

いっぽう周辺各国では、そのイタリアニティ(イタリアらしさ)がクールと受け取られ、たちまちセンセーションを巻き起こした。それは発売年に「500」が獲得した賞が国内2に対して、外国10という記録からもわかる。

やがて国境の向こうでのブームを知ったイタリアの若いジェネレーションが「クール」と受け止め、「500」は本国でも人気車となった。誕生9年を数えた今も、イタリア新車登録台数トップテンの常連である。

「500」を手に入れることは、21世紀の幕開けを飾るイタリア・インダストリアル界の天才の作品を手に入れることなのである。

FIATから「天才」の名を持つ限定車「500 Genio」が登場!
トリコロールのアクセントでイタリアらしさを際立たせた「500 ITALY」も同時デビュー!
他にもイタリア人の発明はこんなにたくさん!

文 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA