ゆっくり生きよう・にっこり走ろう

人にも環境にも自分にも優しくいきる。それがフィアットカルチャーです。

世界の海を股にかけた男〜マリンイラストレーター高橋唯美

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 周囲を大海原に囲まれた海洋国家日本…。しかし、ヨットやクルーザーなどを楽しむマリンレジャーの世界では、欧米諸国がリードしています。船舶の設え、マリーナなどの設備、そこでの時間を楽しむためのソフトウエアまで、まだまだ学ぶべき点があるようです。

 イラストレーターであり、ジャーナリストとしても活躍する高橋唯美(たかはし ただみ)さんは、ヨット雑誌の最高峰「Sail」から招かれ、活動の場をアメリカのマサチューセッツ州に移したほどの経歴の持ち主。 どこか温かで、スマート…しかしスケールモデルのような緻密さを備えたその作風は、マリンレジャーで世界的な評価を受け、「Tadami」の愛称で各国のヨット、ボート関係者から愛されてきました。40年にも及ぶキャリア、200近いメーカーの訪問と350を超えるヨットやボートへの試乗など、まさに日本の第一人者と呼べる方です。

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courtesy of SAIL Magazine

 文字通り世界の海を股にかけてきたTadamiさんは、現在も江戸の香りが残る東京は八丁堀の運河のほとりで忙しい毎日を送られていますが、自宅兼事務所ビルは、裏口からそのまま愛艇に乗り込むことができるという素晴らしいロケーションで、クルージングや釣りを生活の一部として楽しむ、さすがのボートライフを送っていらっしゃいます。

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Pierとは埠頭のこと。つまりここはTadamiの埠頭

たどり着いた、小さなボートでの楽しみ

 小型のディンギーから100ft超の豪華クルーザーまで、長年世界の船に乗り、描いてきたTadamiさんがたどりついた愛艇は意外にも小型ボート。ボストンホエラーの17ftというモデルが現在の東京における相棒です。

 「大きな船は船体だけではなくて維持費、ランニングコストいろいろかかるじゃないですか。また、80ftとかになってしまうと、一人じゃ無理。クルーが必要になるわけです。そうなると、人間関係とかマネージメントとかが面倒くさくなる。よく、大型船のオーナーさんがクルーを連れて飯に行ったりするのを見るんですが、結構気を遣ってるんですよね。大変だなあって思います。まぁ、私の人間の小ささですかね(笑)。遊びくらい好き勝手にやりたいから、一人で自由に取り回せるのになっちゃうんです。」

 そういうTadamiさん、沖縄の西表島と広島にもやはり、同サイズのコンパクトなボートを一艇ずつお持ちだそうで…。

 「よく、小さいの3つ分で大きいのをひとつ持ったほうがいいじゃない?と言われます。でも、そのマリーナ1か所を中心とした遊び方しかできなくなっちゃうでしょ。今のようにしておくと、東京湾、瀬戸内海、沖縄…と、まったく異なった世界が楽しめるじゃないですか。」
 楽しい時間、心豊かな暮らしをエンジョイするという点で、彼はすでに日本人離れしているのかもしれません。

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コンパクトさに込められたプライドとは…

 Tadamiさんは、フィアット500のファン。そのコンパクトさにこそ魅力があると言います。
「仕事で国産のボートに乗るようになってからですね。フィアット500が一層好きになったのは…。ボートに限った話ではないと思うんですが、国産のボートって小さいなりの作りしかしないんですよ。それにとても腹が立っていたんです。だって、小さいってことですでにハンデがあるわけだから、それを補う何かを与えてやってほしいんです。ちょっとリッチな感じのインテリアでもいいし、居心地のよい雰囲気でもいい…。素材やちょっとした造りとか、小さな物にこそ魂を込めてほしいと…。その点、フィアット500って、小さいという可愛いさと、シンプルだけど、みすぼらしさを微塵も感じさせない魅力を持っているじゃないですか。コンパクトであってもプライドを持って乗れるように仕上げてあるってすごいと思います。まさにあのサイズを武器にしてるとさえ思えますよね。」

 そんなTadamiさんが世界的なマリンイラストレーターになるきっかけは、クルマへの憧れからはじまっています。

 「自動車のデザイナーになりたくて育英高専へ行ったんですね。2年後輩に由良卓也(日本を代表するレーシングカーデザイナー)君がいます。当時の製図の先生がベルギー人のすごく厳格な人で、図面に日付とか縮尺とか名前とかサインするときでさえ、必ず60度の角度で書くように指示されるんです。定規当てるよりはやいから、僕はフリーハンドでやっちゃうんだけど、そこに全部赤が入る(笑)。こりゃ向いてないな、やっぱりイラストが好きだなと確信しました。」

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 やがてその作風は「平凡パンチ」の編集者の目に留まり、自動車のカスタムに関する連載や鈴鹿1000㎞レースのイラストルポなどを手掛け、ついにイラストレーターとしてデビューを飾ります。そして2年後、現在につながるヨット・ボート専門誌での活躍となっていきます。

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デザイナーとしての製図がバックボーンにあるTadamiさんのイラストは、個性豊かにデフォルメされても、各部の大きさや寸法の比率が正確だと定評がある。

セクシーさとモノづくり

 自動車同様、ボートの世界でも大人気のMade in Italy。Tadamiさんは彼らのモノづくりをこう語る。

 「なんともいえないセクシーさですかね。船はもちろんのこと、いろんなものやちょっとしたことにそれを強く感じますね。若いセクシーさもあれば、成熟した魅力もある。無からあそこまでセクシーなものを作り出す能力ってすごいですよ。船の世界でいうと、デッキ(甲板)のニスの塗り方ひとつにすごいコダワリがあったりするんです。」

 セクシーという表現は、ややもすると日本人にとっては刺激が強すぎるかもしれないが、まったくどう表現したらいいものか、日本語には適切な言葉が見当たらない…。
 強いて言い換えるとするならば、なんともウキウキするようなというか、「楽しい」のちょっと先にあるオトナな感覚とでもいおうか…。もっとカワイイとステキとダンディといろんなものが混ざったものだったりする。

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 デッキのニスではないけれど、現行500にもいくつものセクシーさが息づいている。
「ボディの四隅やフェンダーのカーブなどはさすがだなと思わせるものだし、車内でいえばたとえばハザードスイッチなんかもそう。日本車やドイツ車のそれは文字通り緊急時のボタンでしかないんだけど、このわざわざクリア厚盛りにされたハザードスイッチは、完全に赤のアクセントとしてダッシュパネルの主役になっている。
 しかも、ボディと同色のこのパネルの凹みに加担している微妙なRとか…。単に凹ませたんじゃなく、左右から緩やかになっている部分などまさにセクシーとしか言う他ない。この妖しさがイタリアンというか500の好きなところですね。」
 
 こうした小さなオシャレの積み重ねが、Tadamiさんのいう「セクシーさ」に繋がっていき、シンプルなオトナの世界と可愛げのある若々しい世界の混ざり合う独特の空間を作り出しているのかもしれない。

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 「やっぱり、小さいけど、カワイイけど、でもやっぱりオトナなんだよなあ。500って…。」
楽しい時間を知り尽くした達人がふとつぶやくその表情には、彼がはじめて乗り物の「顔」を意識させたという500同様、やわらかな笑顔が満ちあふれていた。